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うまいはなし

category : メールマガジン2022 2022.8.31 

コロナウィルスによりマスク生活も当たり前となりましたが、夏の暑い環境では熱が逃げにくくなったり
気が付かないうちに脱水状態になるなど、熱中症のリスクが高まりますので注意が必要です。
夏バテで食欲が落ちるかもしれませんが、水分と栄養はしっかり摂るように心がけましょう。
他にも、夏に気を配らなければいけないこととしては食材の管理が挙げられます。
今でこそ冷蔵庫が身近にありますが、かつては食材の保管が難しく傷みやすかった為、野菜は塩漬けや酢漬け、魚は干したり燻製にしたりと
工夫して保存していたようです。ことそれらができないものに関しては難しかったようですが。

皆さんは『ちりとてちん』という落語をご存知でしょうか?
夏の盛り、豆腐を腐らせてしまい処分しようとしたところ、皮肉屋で何でも知ったかぶりをする近所の嫌われ者に
その豆腐でいたずらを思いつき、、、といったあらすじです。現代では炎上どころでは済まないような内容ですが。

『ちりとてちん』はテレビドラマのタイトルにもなり、知っている方も多いと思います。
もともとは『酢豆腐』という江戸から入った落語で、大阪に伝わったのち脚色が加わり逆輸入されたとのこと。
日本人が一日三度の食事を取るようになったのは江戸時代中期以降と言われており、それまでの食事は朝食と夕食のみ。
当時は冷蔵・冷凍の技術がなく、今以上に食材が貴重だったからこそ生まれた話なのかも知れません。

落語は言わずもがな江戸時代から現代までに受け継がれている伝統的な話芸の一つで、
一人で何役も演じ、演者の技巧と聞き手の想像力で話が広がるシンプルな芸能です。
最後にオチのつく話であり、時代時代の風潮や日常を切り取っていて、新作落語などを含めるとその数は現在までに500ほどあると言われています。
また、落語には食事をするシーンがよく登場し、食べ方やその仕草を扇子と手拭だけで表現できてしまうパフォーマンスも見どころです。
『ちりとてちん』には他に、鯛の造りや鰻のかば焼きなども登場し、醤油やわさびをつけたりと細かいところまで演出があります。

中でも『時そば』という演目は、そばを食べる場面において麺をすする音がリアルです。(『刻そば』『時蕎麦』と表記される場合もあります。)
古典落語の中でも広く一般的知られたものであり、落語と言えば『時そば』と答える人も多いのではないでしょうか。
そばの勘定を巧妙にごまかす様を目撃した男が、同じようにそのごまかしを真似たところ、表面上のそれであった為に上手くいかず
失敗するという滑稽噺ですが、登場するそばの表現や食べ方に細かい描写と違いがあり、そこが見せ場であると主張する人もいるようです。

一軒目のそばは、麺が細くこしもあり、汁はかつおだしが効いて、ちくわの厚さなどを高く褒め上げて食します。
対して、二軒目のそばは、麺が太く伸びきってしまいベトベトした食感で、湯を足さないと飲めない程に汁も苦く、
ちくわに至っては向こうが透けるほど薄いなど、褒めるところが一つもない粗末なものとなっています。
そのどちらも、美味しそうな音とそうでない音の対比が見事に表現されています。
私は試しにYouTubeで様々な噺家の『時そば』を耳だけで確認してみたのですが、やはり一軒目のそばをすする音は本物のようで、
勘定をごまかすために褒めていたとは言え、実に美味しそうに聞こえます。拍手が起きた噺家の方もいらっしゃいました。

『時そば』は寒くなってくる時期から行う演目のようですが、同じそばでも『そば清』は夏に合う不思議で奇妙な噺です。
他にも、料理や食材が登場する演目は多く、有名なものだと『饅頭こわい』『目黒のさんま』などがあります。
また、落語は江戸落語と上方落語に分けられ、江戸落語はその名の通り江戸発祥であり人情噺が目立ち、上方落語は関西生まれで滑稽噺が多くを占めています。
『酢豆腐』と『ちりとてちん』、『時そば』と『時うどん』のように江戸落語と上方落語で演目名や内容が若干異なっているので
東西での物語のルーツ、食生活の違いなどを探ってみると、一層落語の世界に引き込まれることでしょう。
噺家によって調子の入れ具合や言い回しにも違いがあるので聴き比べてみるのも面白いですね。

SNSでは、『時そば』を聴いた後は必ずそばを食べるなどといった声もあり、食欲を抑えられない人がいるようです。
落語はASMRに通ずるものがあるのかもしれません。かく言う私も、最近の昼食は専らそばがメイン(麺)となっています。
皆さんも落語の「うまいはなし」を聞いて、食欲を湧かせてみてはいかがでしょうか。
ただし、くれぐれも勘定の最中に時間は気にされませんように。でも電子決済であれば心配いりませんね。

参考文献
『落語にみる江戸の食文化』 編:旅の文化研究所
『らくごよみ』 著:三遊亭竜楽

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